みきの日記

日々の雑記です。

はたらくことは生きることだと思ってた

はたらくことは1日の時間の大半を占める

だから納得して働くことが、納得して生きることになるのだと思っていた。

 

20代の頃は、もし自分が結婚して子どもが生まれたとしても、

ちゃんと生きて(=(当時は)働いて)なければ見せれる背中がないと思っていた。

 

社会のため、地域のため、組織のため、そんなことを考えてずっと働いてきた。

いつのまにか自分のことが置き去りになっていた。

転居を伴う転職など、仕事に関して大胆な行動を取れたのは、働くことしか考えてなかったからだった。

社会や人の暮らしには興味はあるのに、自身の暮らしのことは考えもしなかった。

 

でも、仕事に関係して、自分がつらい目に遭って、それを聞いた周りの人を悲しませることになった。それを目の当たりにして心が痛んだし、悲しくなった。

自分のことなんて考えてなかった。どこか大きな社会や地域のことを考えていた。

誰かの役に立ちたいと思っていた。

でも、結果は目の前の自分にとっての大切な人を悲しい思いにさせることになった。

 

だから、今は自分の親や友人、先輩など大切な人が喜んだ顔を見るためにも私自身を大切にしたいと思っている。

自分を犠牲にするのは、大切にしてくれる人に失礼なこと。

 

はたらくことは確かに人生の大部分を占めるといえるかもしれない。

でも、はたらくために生きているのではない。

 

今なら人生は仕事だけではないなんて言葉も耳を傾けられるけど、

20代はそんなこと甘えじゃないかと思っていた。

なんでこんなにも自分に厳しかったのだろう

 

少しずつ自分の好きを取り戻そう。

幸せに生きることがきっと周りの大切な人をも幸せにするはずだから。

日記を書くことは未来の自分を支えるということ

あなたは日記を書きますか。書いている方にとって、日記はどういうものでしょうか。

私は日記を書くことは未来の自分を支えることだと感じています。

昨日久しぶりに数年前の日記を遡って読みました。そこには生き方を模索している過去の自分がいました。生きる上で大切にしたいことは何なのかと考えたり、転職しようとするもやっぱり今の職場でまだ学びたいと留まったり、何度も何度も葛藤している姿がありました。転職先が決まった日には、この先の道を諦めずに切り拓くんだと覚悟を決めていました。

日記の中には何度も言葉に表しているものもありました。それは今もずっと考えていることでした。

毎日生活を送るうちに、物凄く印象的な出来事であっても、その記憶やそれに対する感情はどうしても色あせてきてしまいます。それでも日記を読み返すことでそのときの感情がよみがえってきました。何度も言葉にしていることは、私が本当に大切にしたいことは何なのかを教えてくれるようでした。誰かに見せることを前提にしていないからこそ、荒々しくも力強い、感情からの言葉がありました。

言葉には力があります。だから今日もマイペースに日記を書いていきたいです。数年後、数十年後の自分への道しるべになることを祈りながら。

その「今年やることリスト」はほんとにやりたいこと?

1年の初めに「今年やることリスト」を作る方も多いかと思います。

でも、その「やることリスト」はほんとに自分がしたいことでしょうか。もしくは、自分が望む方向に向かうために必要なことでしょうか。

2022年の初め、私は「やることリスト」を作って模造紙に書き出して、1年間部屋に貼っていました。その中には、英語や簿記の勉強、定期的なFacebookへの投稿などそれらしい項目が上がっていました。

最初のうちはそれに意識的に目を向けていましたが、日が経つにつれて部屋の一部と化してしまいました。たまに目をやっても、あまり響かなくなっていきました。むしろ自由な心の動きや感覚を大切に動くことをためらわせるようにも感じました。達成できていることもあるし、大切なことだと頭で理解はできているのに目をやっても全然楽しい気持ちにはなれませんでした。

盲目的に漫然と生きるよりは「やることリスト」を作って、やることを可視化するのは大切なことでしょう。ただ、その「やることリスト」が頭で考えた「しなければならない」だけから来たものだと、それらが達成できたとしても、必ずしも望む在り方にはつながらないように感じました。

今年も私は「今年やることリスト」を作ります。ただ大切なのはそれらの「やること」の前に自分はどんな在り方を望んでいるのか。自分がありたい姿、状態を心に思い浮かべて、感情を乗せながら作ろうと思います。

「今年やることリスト」は自分に課す宿題ではなくて、望む生き方をする手助けになってくれるものだと思うので。

10年以上経っても忘れられないフライト

私には10年経っても忘れられないフライトがあります。

2012年8月18日、10カ月の米国留学に向かうために成田空港からアメリカに出発しました。当時は大学2年生で、飛行機は高校の修学旅行で北海道に行くのに乗った以来でした。一人で乗るのは初めての上、海外に行くのも初めてでした。

留学経験のある大学の先輩には機内は日本人ばかりと言われて安心していたものの、外資系の航空会社だったためか、周りは外国人ばかりで日本人は全然見当たらずいきなり海外に来てしまったようでとても不安になりました。

そうした中で、一人の日本人の客室乗務員の方が私に気付いてくれました。12時間以上に及ぶフライト中、時折声をかけてくださったり、アイスをくださったりしました。(実年齢より幼く見られていたのかもしれません。(笑))

その方のお陰で一人での搭乗でしたが、不安から解消されて落ち着いて機内で過ごすことができました。ただ初めての長時間の飛行機移動で到着したころにはとても疲れてしまっていました。そのせいか飛行機を降りる際に、その客室乗務員の方の前を通り過ぎたにも関わらずきちんとお礼を伝えることができませんでした。

もう10年以上経ったのに、飛行機に乗るたびにそのことを思い出します。思い出に心が温まる一方で、ちょっとした言葉をどうして伝えられなかったのかと後悔しています。

照れくささからためらってしまったようにも思います。

それ以降、感謝している、ありがたいと思うならそのときに伝えるよう努めています。

 

2012年8月18日昼頃、成田空港発ワシントンDC行きのユナイテッド航空に搭乗していた日本人の客室乗務員の男性に感謝しています。今もそのときのことを思い出します。きちんと言葉で伝えられませんでしたが、あなたのお陰で10年以上経っても記憶に残るフライトになりました。ありがとうございました。