はたらくことは1日の時間の大半を占める
だから納得して働くことが、納得して生きることになるのだと思っていた。
20代の頃は、もし自分が結婚して子どもが生まれたとしても、
ちゃんと生きて(=(当時は)働いて)なければ見せれる背中がないと思っていた。
社会のため、地域のため、組織のため、そんなことを考えてずっと働いてきた。
いつのまにか自分のことが置き去りになっていた。
転居を伴う転職など、仕事に関して大胆な行動を取れたのは、働くことしか考えてなかったからだった。
社会や人の暮らしには興味はあるのに、自身の暮らしのことは考えもしなかった。
でも、仕事に関係して、自分がつらい目に遭って、それを聞いた周りの人を悲しませることになった。それを目の当たりにして心が痛んだし、悲しくなった。
自分のことなんて考えてなかった。どこか大きな社会や地域のことを考えていた。
誰かの役に立ちたいと思っていた。
でも、結果は目の前の自分にとっての大切な人を悲しい思いにさせることになった。
だから、今は自分の親や友人、先輩など大切な人が喜んだ顔を見るためにも私自身を大切にしたいと思っている。
自分を犠牲にするのは、大切にしてくれる人に失礼なこと。
はたらくことは確かに人生の大部分を占めるといえるかもしれない。
でも、はたらくために生きているのではない。
今なら人生は仕事だけではないなんて言葉も耳を傾けられるけど、
20代はそんなこと甘えじゃないかと思っていた。
なんでこんなにも自分に厳しかったのだろう
少しずつ自分の好きを取り戻そう。
幸せに生きることがきっと周りの大切な人をも幸せにするはずだから。